「百姓が発信する自主上映会」

盛岡まで車をはしらせた。映画『モンサントの不自然な食べもの』を観るためだ。この作品の
上映会は仙台でも二日間にわたって上映されることになっていた。いちはやく観たいから、と
いうよりも、そこで観ることがこの映画を正しく観賞するやり方のような気がして、わたしは紫
波町のオガールプラザまで足をのばしたのだった。上映会を催した「Cosmic Seed」代表の
田村和大氏は、自然農に取り組みながら「固定種の自家採取」普及にも尽力されている熱血
漢だ。(もしかしたら氏の人柄に魅せられて盛岡に出かけていったのかも知れぬ。)

自然や人間に悪影響をもたらすことが懸念されながら、ひたすら利益を追い求め、遺伝子組
み換え作物を市場に送りつづけるモンサント社は、目先の便利さと儲けに目がくらんでそこか
ら抜け出せずにいる東京電力とおなじ仕組みで、今もしたたかにのさばりつづける多国籍企業
だ。彼らにしてみれば「シフトチェンジしたければどうぞご勝手に」といった体で、あらゆる非難
をかるく受け流し素知らぬ顔をしている。良心の呵責というものがないからなお根が深いのだ。

わたしはモンサントという会社のことはそれまで何も知らなかった。だが映画を観てすべてが
理解できた。ごく一部のクズ野郎どもが世界を動かし、ズル賢い手口を駆使して、汚れた銭を
しこたま稼ぎだしている。それに手を貸しているのはしかし、わたしたち自身なのだが。「百姓
が発信する自主上映会」と銘打たれた会場では、田村氏が育てた野菜をつかった二種類の
サンドウィッチが売られていた。マクロビだから肉は使われていない。メインの具材はカボチャ
と燻した豆腐だった。齧りついた。どちらもうまい。すると、映画を観ているあいだじゅうずっと
心にあったわだかまりもすっと胃のなかに消えていくのであった。

それは「いったいなにを食べたらいいのか?」という素朴な疑問だった。(つまり、『モンサントの
不自然な食べもの』=遺伝子組み換え作物は、同社が一世紀にわたって販売してきた枯葉剤、
農薬、PCB、牛成長ホルモンなどと併せて世界中に蔓延しているということだ。まるで疫病の
如く。)もはや目を覚ますのではない。気づいていることに目を背けず、それは違うということだ。
わたしはこの日、自分の感覚がまんざらでもないことに安堵した。なによりも、ひとりの百姓が、
巨大企業の屋台骨を揺るがしかねない力を秘めていることが愉快でたまらなかったのである。

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# by smart_line | 2012-09-03 23:57

序文としての引用

“自分が物書きかどうかは、物書きなら自分で知っている。”(――ジョン・バース)

“現実的な話、脚本を書くということは、おそらくあなたの人生で最も困難なこと
の1つなのだ。脚本家稼業に専念するということは、普通の人生では当然のよう
に出来ることを諦めるということでもある。デートをすることも、結婚して子供を作
ることも、定収入も、健康保険も、好きな時に旅行することも。もしあなたが苦労
しても腕を磨きたいのなら、大成する保証など一切ないまま心血を注いで朝も
晩も脚本のことだけ考え、それこそ衣食住の基本を脚本にできるなら、あなたは
正真正銘の脚本家だ。”
 (――カール・イグレシアス『脚本を書くための101の習慣』/島内哲郎=訳)

“労働、つまりは朝から夜遅くまで仕事に精を出すことを目にすると感じられるの
は、それが最上の警察であるということだ。労働は人々を抑えつけていて、理性
や熱望や独立心の発展を強力に妨害する術を心得ている。というのも、労働は
異常な量の神経力を消耗させる。そして、反省、熟慮、夢想、関心、愛、憎しみと
いったものからこの力を奪いさるからだ。労働は小さな目標を目の前に置き、た
やすい規則的な満足をかなえてやる。こうして、たえず苦しい労働が行われる社
会はいっそう安全になる。つまり今日、安全が最高の神として崇拝されるわけで
ある。”
                  (――フリードリッヒ・ニーチェ/國分功一郎=訳)

“彼の世界観は、家賃稼ぎに奮闘する一介の郵便局員が、日々直面しなければ
ならないさまざまな悩みごとによって形作られていた。”
           (――ハワード・スーンズ『ブコウスキー伝』/中川五郎=訳)

“男たちは腹が出てたり、猫背やでぶっちょだったりして、ハンサムでない。それ
に、袖の長すぎるセーター、まるでスカートか袴のような広幅のズボン。つんつ
くりんで腹周りはボタンがとまらない上着。背は裏地がだらんと垂れて、下から
のぞいている。徹底したドレス・ダウンの服である。寸足らず、つぎはぎ、ちぐは
ぐ、だぶだぶ、よれよれ、やつれ、しわしわ……要するにエレガンスやシックとい
う美的価値からうんと隔たった服だ。(中略)アイロンがかかってなくていい、サイ
ズが合っていなくていい、しわくちゃでもいい……。それはまるで「生き方」のこと
を言っているかのようだ。「男らしく」なくていい、胸をはって生きなくていい、もっと
ふてくされても、もっと跳ねてもいい、と。(中略)それは、人生の「はずれ」を「は
ずし」へと裏返す感覚だ。じぶんが背負っているさまざまの人生の条件、そこに
はひとそれぞれ、いろんな不幸、いろんなハンデがある。そういう「はずれ」を軽
やかで機知にとんだ時代への距離感(「はずし」)へと裏返す感覚がファッション
感覚だとすれば、もっともスマートな人、流行にそつなく乗り、いずれマジョリティ
もしぶしぶついてくるはずのものをいち早くとり入れるスタイリッシュなひと(流行
人間)が、じつはもっともアンファッショナブルであるという事実は、逸話でもアイ
ロニーでもないのだ。(中略)はずすこと、ずらすこと、くずすこと。それは職人の
美学であり、ダンディズムの極であると同時に、弱きものの抵抗であり、そして着
るひとの第一歩でもある。”
                           (――鷲田清一『ちぐはぐな身体』)

“もし、自分はひとりぼっちだとか、みんなにきらわれている、と悩んでいる人が
いるならば、まず自分が信じられる相手を探すところからはじめたらどうでしょう。
それは生きている人に限りません。歴史的な名画を見て、自分と同じことを悩ん
でいると気付いたり、古典小説を読んでみて、ぼくのかわりに書いてくれたと感じ
たり、この主人公はぼくだと思ったり。つまり、これが大切なことですが、芸術は
悩んでいる人のために存在しているということです。”
                   (――千住博『わたしが芸術について語るなら』)

“先人の跡を追わず、先人の求めたるところを求めよ。”    (――松尾芭蕉)

“たとえ今でも、次の一行は待ち受けていて、その一行こそ遂に何かを見つけだ
し、遂に言いたいことを言っている一行となるかもしれないのだ。”
  (――チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』/中川五郎=訳)

“執筆の人生は孤独な人生だ。しかし最高の人生でもある。”
                            (――ギュスターヴ・フロベール)


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# by smart_line | 2012-08-13 23:11


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